post by admin | | 0

 五輪初のマラソン勝者

今から約100年前に初の近代オリンピックが、発祥の地ギリシャのアテネで開催され、その時に初めてマラソン競技が行われたことはよくご存じですね。

この時のマラソンコースは、紀元前490年、ペルシャ軍との戦いでアテネ軍が勝利したことを知らせるため、マラトンの丘からアテネのアクアポリスまで、一人の兵士が疾走したことにちなんでることもよく知られています。

オリンピックで優勝したエチオペアのアベベ選手など、多くのエピソードが残ってます。

しかし、近代オリンピック初の大会でも華だったマラソン競技の優勝者について、知っている人はあまりいません。

25人が参加した中で、優勝したのはギリシャの無名の23歳の青年スピロス・ルイス選手でした。
4万人を収容した競技場にルイス選手が入ってきた時には、観衆は熱狂し、ゴールする際には、興奮した国王と皇太子はトラックに飛び出し並走し、貴婦人たちは身につけていた宝石を投げ入れるなど、大騒ぎだったそうです。

優勝したルイス選手は国王から「欲しいものは何でも与える」と言われましたが無欲な彼は荷車しかもらわなかったそうです。

それでは、ルイス選手はなぜ走ったのでしょう?

彼は貧しかったため、恋人との結婚を認められなかったからなのです。
「マラソンで、優勝したら娘を嫁にやる」と言われて、発奮した彼は優勝したのです。

彼がマラソン競技に出場したのはこの時だけだったそうで、その後に結婚した彼は、つつましい生活を送りました。

ルイス選手が再び脚光を浴びたのは、40年後の1936年、第11回ベルリンオリンピック大会の時です。

この時ヒトラーは、栄えある初代マラソン勝者に目をつけて、ナチスがもくろむ民族の祭典の象徴に祭り上げたのです。

マラソンで優勝する前もその後も、彼は水売りの行商をしていましたがナチの宣伝に使われた彼の晩年は、不幸だったそうです。




コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です